「歌ってみた」ミックスで派手なエフェクトより、地味な下処理が音を化けさせる。工程を順序立てて積み重ねれば、クオリティは安定する。15年やってきて、これは確信に近い。この記事では、僕が実際にやっている下処理〜音作りの入口までの工程を書く。空間処理・マスタリングは別記事に分ける。
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工程を順序立てて積み重ねれば、クオリティは安定する
「歌ってみた」ミックスは、派手なプラグインを使う工程に注目が集まりがちだ。
でも、実際にクオリティを決めているのは、地味な下処理の方だと思っている。ノイズ除去、ピッチ補正、不要部分のミュート、ブレス処理。ここを丁寧にやるかどうかで、後工程の音作りの効きが全然違ってくる。
今回の記事では、僕の下処理〜音作りの入口までの工程を書く。空間処理(リバーブ・ディレイ)、ボーカルとオケのバランス、マスタリングは別記事に分ける。
素材受け取り時にお願いしていること
素材は基本的にwavで受け取る。
カラオケトラックがmp3しかない場合はそれでも対応するけど、音質の面から、事前にwavでの提供をお願いするようにしている。
もう一つ、毎回お願いしているのが各トラックの頭出し。
歌のトラックとカラオケのトラック、それぞれの開始位置を揃えてもらう。ここがズレていると、ミックス前の同期合わせに時間を取られる。小さなお願いだけど、これだけで後工程の手間が大きく変わる。
RX 7でノイズ処理から始める
下処理の最初は、RX 7でのノイズ処理。
全体をざっと確認した後、1音1音すべて確認しながら、リップノイズ、フカレ、鼻鳴りなどを除去していく。
自動で除去する方法もある。プラグインに任せて一括処理すれば、時間は大幅に短縮できる。
でも、僕はピンポイントで狙いを付けて範囲選択し、Spectral RepairかGainで除去する方法を選んでいる。

選択範囲の細長い線状の部分が「ピチャ」というリップノイズの正体
理由は、ノイズの入り方や量、周波数範囲が一つ一つ違うからだ。自動処理は便利だけど、本来残したい音まで削ってしまうことがある。手動でやれば、ノイズだけを的確に消せて、声の質感はそのまま残る。
時間はかかる。1曲のボーカルトラックで数時間かかることもある。でも、これが一番仕上がりが良い。下処理にかけた時間は、最終的なクオリティに直結する。
この精度は、ナレーション・ボイスドラマで培ったテクニック
こういう精細な手動ノイズ除去は、実はナレーション音声やボイスドラマのトリートメントで培ったテクニックがベースになっている。
ナレーション音声やボイスドラマは、声にリスナーの意識が完全に集中する素材だ。BGMもなく、効果音も少ない。声以外の情報が極端に少ないから、ノイズが1つでも目立つと一気に集中が切れる。
だから、ナレーション制作の現場では、ノイズ処理をシビアにやる必要がある。
- ヘッドホンで1音1音、丁寧に探っていく
- 波形と耳の両方で違和感を察知する
- 気になった部分は拡大して、ピンポイントで処理する
- 処理した後、前後と繋いで違和感がないか再確認する
こういう習慣が身についていると、「歌ってみた」のボーカルトリートメントでも自然に同じ精度で処理できる。歌モノはオケに紛れる部分もあるけど、「リスナーの意識は最終的にボーカルに集まる」という前提は同じだ。だから精度は妥協しない。
ちなみに、効果音制作で培ったオーディオ編集の解像度も、このボーカルトリートメントに直結している。この話は別の記事に詳しく書いた。
リップノイズ、ブレス、常時ノイズの処理
具体的な処理対象を、もう少し細かく書く。
リップノイズ・ブレスのノイズ:
シンガーによっては、ブレスにリップノイズがよく入ることがある。これを上記の方法(Spectral RepairかGain)で除去したり、ごく短時間のフェードイン・フェードアウトでノイズを除去してブレスが綺麗に鳴るようにしたりする。
ブレスを「ノイズだから消す」ではなく「綺麗に響かせる」ように扱う。これでボーカルの生っぽさが残る。
常時入っているノイズ:
「サー…」「ブー…」という録音時に常時入っているノイズ。これは目立つものはピンポイントで処理する。全体的に除去できそうならSpectral De-Noiseで一気に除去する。
宅録の場合、エアコンや、夏場は虫の鳴き声が干渉したりすることがある。そういう素材の時は、音質を損ねない程度にやや強めに処理を行う。完全に消すより、目立たない程度に抑える方向が現実的だ。
Melodyneは「ニュアンスを残す」方向で
ピッチ処理はMelodyneで行う。
基本的には、ボーカルのニュアンスを残す方向で補正を行う。
シンガーがめちゃくちゃ上手い時は、逆に補正はほとんどしない方が結果が良い。それは素材次第だ。
これまで「歌ってみた」の依頼を受けてきて気づいたのは、シンガーが求めているのは「上手く聞こえる仕上げ」だけど同時に「補正してるのが明らかにわかるのは嫌」ということ。
イメージを言語化するなら、こうだ。
パッと見で「わぁ、綺麗な人!」って思うのはOK。でも、その直後に「化粧濃いな!」って思わせちゃいけない。
化粧に隙が無く、ファッションもバッチリ決まってる。そういう細部に気が回らないで、印象として「綺麗!」っていう印象だけを与えるのが理想だ。
Melodyneは強力なツールだから、やろうと思えば完璧なピッチに揃えられる。でも、それをやると「化粧濃いな!」になる。声の揺らぎ、フレーズのニュアンス、感情の起伏。これらを潰さない範囲で補正する加減が、技なんだと思う。
EQはカットが基本、ブーストは控えめ
下処理が終わったら、ようやく音作りの工程に入る。
EQは、基本的にカットから入る。
ローやローミッドを「やりすぎかな?」の一歩手前くらいまでカットする。ボーカルにとって不要な低域は、思い切って削った方が抜けが良くなる。
オケとボーカルの特性を見つつ、必要があればハイミッドやハイをブーストして前に出てくるようにする。ただし、ブーストに関してはだいたい控えめにする。
ボーカルの存在感は、EQでガッツリ作るんじゃなく、コンプで出すイメージでやっている。EQはあくまで「余計なものを削る」「足りないところを補う」のスタンス。
ディエッサーは、急ぎの時以外は使わない
サ行の「サシスセソ」が耳に刺さる時、ディエッサーで処理するのが一般的だ。
でも、僕は急ぎの時以外はディエッサーを使わない。
代わりに、RX 7に戻って手動で抑える。気になる箇所をピンポイントで選択して、Gainで音量を下げる。これも下処理の延長だ。
ディエッサーは便利な反面、自動処理だから、本来抑えたくない部分まで反応してしまうことがある。手動の方が、コントロールできる範囲が広い。
もちろん、納期がタイトな時はディエッサーで処理することもある。状況による使い分け、というのが正直なところ。
次回:空間処理・バランス・マスタリング編へ
今回の記事は、下処理〜音作りの入口までで一区切りにする。
次回は、空間処理(リバーブ・ディレイ)、ボーカルとオケのバランス、マスタリングについて書く予定だ。
まとめ
- 「歌ってみた」ミックスは、派手なエフェクトより地味な下処理がクオリティを決める
- 素材はwavで、各トラックの頭出しを事前にお願いする
- RX 7でのノイズ処理は、自動より手動でピンポイント処理が一番仕上がりが良い
- Melodyneは「補正バレしない範囲」で、ニュアンスを残す方向で使う
- EQはカットが基本、ブーストは控えめ。存在感はコンプで作る
- ディエッサーは急ぎの時以外、RXで手動処理する方が精度が高い
地味で時間のかかる工程ばかりだけど、ここを丁寧に積み重ねるとミックスの土台が決まる。「歌ってみた」MIXer志望の人にとって、何か参考になれば嬉しい。



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