ファイルの整理をしていると、うっかり昔の曲を再生してしまうことがある。そして、たいてい気まずくなる。「うわ」と思いながらも、なぜか最後まで聴いてしまう。あの独特の気まずさと、少しの懐かしさについて書いてみたい。
この記事の目次(クリックでジャンプ)
この記事の目次(クリックでジャンプ)
DTMを始めた頃の曲は、恥ずかしさ9割
一番気まずいのは、DTMを始めた頃の曲だ。体感で言うと、懐かしさ1割、恥ずかしさ9割くらい。
聴いていると、セルフツッコミが止まらない。「そのまんまのコピペ、多いな」。同じフレーズをコピー&ペーストで並べているのが、今聴くとすぐわかる。「ああ、気に入ったプリセットが見つかったんだな。この音だけ浮いてる」。お気に入りの音色を、曲全体のバランスを考えずに突っ込んでいる。「サビ、めっちゃ繰り返すじゃん。自信作か。」よほど気に入っていたのか、サビをこれでもかと繰り返している。
面白いのは、当時の自分の思考回路が、曲から透けて見えることだ。「ここでこの音を使いたかったんだな」「この展開、得意げに作ったんだろうな」。全部わかってしまう。作った本人だから、当時の意図が手に取るように読める。この感覚は面白い。
その分、恥ずかしさもひとしおだ。でも、この恥ずかしさは、成長の証でもある。今の自分なら絶対にやらない作り方をしているということは、それだけ変わってきたということだ。
昔の曲から当時の思考回路が透けて見える。恥ずかしいけれど、それは今の自分がそこから変わってきた証拠でもある。
バンド時代の音源は、懐かしさ8割
一方で、バンドをやっていた頃の音源は、少し感覚が違う。CD流通までこぎつけた頃の音源になると、懐かしさ8割、恥ずかしさ2割くらいになる。
メンバーとスタジオで決めたアレンジや、こだわったキメを聴くと、思わずニヤッとする。「ここ、みんなで悩んで決めたな」「このキメ、キマった時うれしかったな」。あの頃の空気が、音と一緒によみがえってくる。
もちろん、恥ずかしさもある。「好きなキメを作れて嬉しいのはわかるけど、強調しすぎでしょ」と、当時の自分に微笑ましくツッコミたくなる。でも、それも含めて思い出の追体験という感じで、DTM初期の曲とはまた違う温かい気まずさだ。
一人で作るDTMの曲と、仲間と作ったバンドの曲。聴き返した時の感情が違うのは、そこに誰がいたかの違いなのかもしれない。バンドの音源には、自分だけじゃない、みんなの記憶が詰まっている。
どの時期にも「好きな部分」はある
恥ずかしさの割合は時期によって違うけれど、どの時代の曲にも共通して「好きな部分」がある。
それは、好きなメロディやフレーズだ。どの時期の曲にも、自分が「これが作りたかった」というフレーズが必ず入っている。そこには自分のクセみたいなものが垣間見える。そしてそのクセは、今の自分の好みとも合致している。時代が変わっても、自分が好きなものの核は変わっていないんだと気づく。
曲全体としては恥ずかしくても、断片には「これは今でも好きだ」と思える部分がある。それを見つけると、少し救われた気持ちになる。過去の自分を、全否定しなくて済む。
もう一つ、昔の音源で「いいな」と思うのは、時間をかけて贅沢に作っていることだ。特にバンド時代は、時間制限なしで作れた作品ばかりだ。ギターの本数を惜しみなく重ねていたりする。今の、納期のある制作ではなかなかできない贅沢だ。当時は当たり前にやっていたことが、今聴くと羨ましく感じる。
どの時代の曲にも、自分のクセが入っている。そしてそのクセは、今でも自分の好みと変わらない。過去と今が、フレーズでつながっている。
「またこういう音楽やりたいな」と思う
昔の曲を聴き返していると、恥ずかしさや懐かしさの奥から、もう一つの感情が湧いてくる。「またこういう音楽やりたいな」という気持ちだ。
当時夢中で作っていたジャンルや、贅沢に時間をかけた作り方。今は仕事として効率を優先することも多いけれど、昔の曲には、そういう計算抜きの熱量がある。それに触れると、「あの頃みたいに、好きなように作ってみたい」という衝動が戻ってくる。
過去の曲は、恥ずかしい記録であると同時に、自分がなぜ音楽をやっているかを思い出させてくれる装置でもある。技術は未熟でも、あの頃の自分は純粋に音楽が好きで作っていた。その気持ちは、今も大事にしたいものだ。
こうして昔の曲について書いていること自体、ほのかに楽しい。気まずさを振り返っているはずなのに、なんだかんだで悪くない時間だ。
まとめ
- DTM初期の曲は恥ずかしさ9割。当時の思考回路が透けて見えて、セルフツッコミが止まらない
- バンド時代の音源は懐かしさ8割。仲間との記憶が詰まった、温かい気まずさ
- どの時期の曲にも、今も好きなフレーズがある。自分のクセは変わらない
- 聴き返すと「またこういう音楽やりたいな」という気持ちが戻ってくる
自分の昔の曲を聴き返すのは、気まずい。でも、その気まずさの中には、成長の実感も、懐かしい記憶も、変わらない好みも、全部詰まっている。恥ずかしくて顔を覆いたくなりながらも、なんだかんだ最後まで聴いてしまう。過去の自分との、ちょっと照れくさい再会。たまには悪くないものだ。




コメントを残す