AIに仕事を奪われる、とよく言われる。ゲーム音楽制作を15年やってきて、正直、危機感はある。でも淘汰されるのはAIのせいじゃない。いつの時代もテクノロジーの進化を理由に「音楽制作者の危機」は言われてきた。その中で活路を見出した作家が残ってきただけだ。まだ確信は無いけど、今もその構図は変わらないと思っている。
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「音楽制作者の危機」はいつの時代も言われてきた
音楽制作の歴史を振り返ると、危機論は繰り返されてきた。
- 打ち込みの登場で「演奏家は要らなくなる」と言われた
- DAWが普及して「スタジオエンジニアの仕事が消える」と言われた
- ループ素材やサンプルパックが氾濫して「作曲家は要らなくなる」と言われた
- 無料音源の時代になって「音源屋は終わる」と言われた
でも、演奏家もエンジニアも作曲家も音源屋も、今もいる。
淘汰されたのは、職業そのものじゃない。変化に適応できなかった人だけだ。
今回のAIも、同じ構図の中にあると僕は見ている。形を変えて、また危機論が来た。それだけのことかもしれない。
AI作曲を「AIっぽくなく」する依頼を受けた話
2025年後半、こんな依頼を受けた。
「Sunoで生成した楽曲を、AIっぽくなくしてほしい」
2mix状態で送られてきたAI生成の楽曲を受け取って、要素を分解して抽出し、一つずつ打ち込み直していく作業だった。
ボーカル入りで生成された曲だったので、カラオケ化もした。これで歌詞の変更、歌手の差し替え、歌入れ、キーチェンジに対応できる「商品」になる。
この依頼を受けて感じたのは、二つ。
一つ目。AI生成そのままでは、商業用途に使えない場面がまだ多い。「AI生成」というラベルを引き剥がす工程が発生する時点で、AI音楽の需要は限定的だ。
二つ目。人間の手によるブラッシュアップに価値が残っている。クオリティアップ、カラオケ化、差し替え対応。こういう「商品化」のプロセスは、今のところ人間が担う領域だ。
2025年後半時点では、AI作曲は「驚異的」というほどではなかった。これが正直な印象だ。
それでも危機感はある
ただ、楽観はしていない。
動画制作市場では、AI生成物が大量に投稿されている。安価なBGM需要や、短尺のジングル領域では、人間の作家と価格競争になる場面が出てきている。
AIの進化速度も速い。2025年後半の印象が、2026年末には通用しないかもしれない。この前提は持っておく必要がある。
危機感と冷静さ、両方を持つ。片方だけだと判断を誤る。
アレンジ補助AIが出たら、僕は喜んで使う
AIを敵視するつもりは無い。むしろ、道具として使う発想を持っていたい。
例えば、こんなAIが出たら喜んで使う。
メイン楽器を決めて「このアンサンブルはどう?」と投げると、オーケストラ編成、民族楽器編成、シンセサイザー伴奏といった具合に、瞬時に切り替えて提示してくれる。各楽器も差し替えできる。全体イメージをスピーディに可聴化してくれる。
こういうアレンジ補助ツールとしてのAIなら、制作は絶対に加速する。
- アレンジの試行錯誤が減る
- 思いがけない組み合わせを発見できる
- 判断の土台が増える
曲そのものを丸ごと生成するAIと、制作プロセスを補助するAIは、役割が違う。後者は作家を助ける側のAIだ。こういう使い方を前提にできると、AIは敵じゃなくなる。
淘汰されるのは、AIのせいじゃない
結局のところ、AIがあろうが無かろうが、淘汰される人は淘汰される。
いつの時代も、新しいテクノロジーの進化から活路を見出す姿勢のある作家がチャンスを掴んできた。
AIを理由に止まる人は、AIがなくても、遠からず別の何かを理由に止まっていた気がする。厳しい言い方だけど、15年周りを見てきた体感としてそう思う。
逆に言えば、姿勢さえあれば、どの時代でも残る道はある。
AIに奪われる仕事はあるだろう。でも同時に、AI時代だからこそ生まれる仕事もある。「AIっぽくなくする」依頼は、その一例だ。
まとめ
- 「音楽制作者の危機」はいつの時代も言われてきた。淘汰されたのは、変化に適応できなかった人だけ
- 2025年後半時点、AI生成楽曲を「AIっぽくなく」する依頼が存在する。需要はまだ限定的
- 危機感は持つ。でも同時に、道具として使う発想も持つ
- 淘汰されるのはAIのせいじゃない。活路を見出す姿勢のある作家が、どの時代も残る
確信は無い。この現状を、10年前に予想できなかったように。











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