「もっと迫力を」「もっと壮大に」「もっとエモく」。クライアントワークをしていると、こういう抽象フィードバックを必ず受ける。これを言葉通りに受け取るか、裏にある本当の不満を読み取るかで、修正回数も納品物のクオリティも大きく変わる。15年やってきて、これは確信に近い。
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「迫力を」を真に受けるんじゃなく、何が足りないかを読み取る
抽象フィードバックは、現場で必ず出会う。
- もっと迫力を
- もっと壮大に
- もっと爽やかに
- もっとエモい感じに
- もう少し寂しげに
これらの言葉を、そのまま技術的な指示として受け取ると、だいたい修正の沼にハマる。「壮大に」と言われて楽器を増やしまくっても、クライアントは満足しない。
大事なのは、言葉の裏にある「本当の不満」を読み取ることだ。
「迫力が足りない」と言われた時、本当に足りないのは迫力なのか。それとも別の何かなのか。ここを見極めるのが、クライアントワークでの作家としての腕の見せどころだと思う。
「サビに迫力を、重低音を強調してください」の話
具体例を出す。
「サビにもっと迫力が欲しいです。重低音を強調してください」
こういうフィードバックを何度か受けたことがある。
言葉通りに受け取ると、対応はこうなる。
- EQで低域をブースト
- コンプレッサーで低域の存在感を強める
- ベースの音量を上げる
- キックを強化する
でも、これだけで解決しないことの方が、体感的に多い。
低域を強調しても、クライアントから「うーん、なんか違う」と返ってくる。本人も、何が違うのか言語化できないまま、ぼんやり不満が残る状態。
そこで僕は、別の仮説を立てる。
サビ入りの「ドンッ!」とした場面の切り替わり感が弱いんじゃないか、と。
そして、サビ前の音数を敢えてザックリ削る。Bメロで音数を抑えて、サビで一気に音が入ってくる構造を強める。これでギャップが生まれて、サビの「迫力」が出る。
低域はほとんどいじってない。でも、聴感上の迫力は明らかに増している。
「言葉通りの案」と「本命の案」を両方送る、という戦術
ここからが、僕の現場で身につけた一番大事なテクニックだ。
本命の提案だけを送らない。「言葉通りに対応した案」も用意して、両方送る。
例えばさっきのケースなら、こう送る。
- パターンA:重低音をご指定通り強調したバージョン
- パターンB:サビ前を整理して切り替わり感を強めたバージョン
「ご指示の方向性で重低音を強調したバージョンと、別アプローチでサビの迫力を出したバージョンの2つを作りました。比較してみてください」と添えて送る。
これをやると、何が起きるか。
多くの場合、本命の案(パターンB)が採用される。
クライアント自身も「言葉通りやってみた結果」を聴くことで、自分が本当に求めていたのは別の何かだったと気づく。比較対象があるから、判断ができる。
もし本命が採用されなくても、それはそれでクライアントの本当の好みが分かる。「やっぱり言葉通りの方が良かった」なら、その方向で詰めていけばいい。
このアプローチを続けていくと、「テクニカルな注文を敢えて無視した方がクライアントの要望に近づく」という実例が積み重なる。そして次第に、抽象フィードバックを翻訳する精度も上がっていく。
クライアント側からの信頼も、確実に増す。「ただ言われた通り作るんじゃなく、提案してくれる作家」として記憶される。
「壮大」「寂しげ」みたいな雰囲気ワードは、まず音を明らかにする
「迫力」みたいな技術寄りの言葉とは別に、もっと厄介なのが雰囲気を表す言葉だ。
「壮大」を例にする。これだけ聞いても、方向性が複数ある。
- 宇宙レベルのSFみたいな壮大さ
- 歴史スペクタクルみたいな壮大さ
- 自然の雄大さみたいな壮大さ
使う楽器も、構成も、テンポも、全部違ってくる。
「寂しげ」も同じだ。アンニュイなピアノソロも「寂しげ」だし、ロックバラードも「寂しげ」になりうる。民族音楽のメランコリーも「寂しげ」だ。
こういう雰囲気ワードを受けたら、まず相手が想定している音を明らかにするのが、遠回りが少ない。
YouTubeリンクで「これで合ってますか?」と聞く
雰囲気の確認は、文字でやり取りすると沼にハマる。
「壮大ってどんな感じですか?」と聞いても、クライアントも言語化に困る。「うーん、なんか、こう、広がりがあって、感動するような…」という抽象に抽象を重ねる会話になる。
だから僕は、参考音源を直接送る。
YouTubeで「こういう方向ですか?」と1〜2曲リンクを貼って提示する。「Aパターン:こんな感じ、Bパターン:こんな感じ」という形で、選択肢を提示することもある。
相手は「合ってる」「違う」だけで答えられる。文字でニュアンスを言語化する負担を、こちらが代わりに引き受ける形だ。
これで、抽象的な雰囲気ワードが、具体的な楽曲イメージに変わる。制作に入る前にここを揃えておけば、納品後の修正も大幅に減る。
用途と場面を最初にシェアしてもらう
もう一つ、依頼を受ける時に必ず確認しているのが、楽曲の用途と場面だ。
- ゲームの何の場面で使う?(タイトル画面?バトル?エンディング?)
- 動画のどの場面?(冒頭?転換?クライマックス?)
- 対象視聴者は誰?(子供向け?大人向け?男性向け?女性向け?)
- 世界観のジャンル?(ファンタジー?SF?現代劇?)
これらが分かれば、抽象フィードバックの翻訳精度が一段上がる。
「壮大に」と言われた時、それが「子供向けRPGの冒険シーン」なのか「大人向けSF映画のクライマックス」なのかで、選ぶ楽器も構成も全然違う。用途が分かれば、抽象ワードを具体的な提案に翻訳できる。
だから依頼を受ける時、僕はできるだけ多くの情報共有をお願いしている。「こういう情報があれば、より精度の高いご提案ができます」と前置きして、用途・場面・対象・世界観を聞く。
これで、修正の繰り返しは大幅に減らせる。
まとめ
- 抽象フィードバックを言葉通り受け取ると、修正の沼にハマる
- 「迫力」「壮大」の裏にある本当の不満を読み取るのが翻訳の本質
- 言葉通りの案と本命の案を両方送ると、クライアントが比較判断できる
- 雰囲気ワードはYouTubeリンクで具体化する
- 用途と場面を最初にシェアしてもらえば、翻訳精度が一段上がる
抽象フィードバックを翻訳する力は、技術力とは別軸のスキルだ。続けていくと、修正回数が減り、クライアントとの関係も濃くなる。地味だけど、副業で音楽の仕事を取りたいなら、ここに投資する価値はあると思う。











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