「歌ってみた」ミックスのクオリティを決めるのは、派手なエフェクトじゃない。バックトラックとボーカルの帯域住み分け、これがミックスの肝だと思っている。前回は下処理〜音作りの入口まで書いた。今回はコンプから空間処理、バランス調整までの工程を書く。15年やってきて辿り着いた、僕なりのやり方だ。
この記事の目次(クリックでジャンプ)
バックトラックとボーカルの住み分けが、ミックスの肝
前回の記事では、下処理から音作りの入口(EQ・ディエッサー)までを書いた(『歌ってみた』ミックスで僕がやってる工程 ①下処理編)。
下処理が終わった段階で、ボーカルの素材としてはかなり整っている。ここから、いよいよ「ミックス」と呼べる工程に入っていく。
この段階で一番意識しているのは、バックトラックとボーカルの関係性だ。
ボーカルが主役なのは前提として、オケから完全に分離して浮かんでもダメだし、オケに埋もれてもダメ。住み分けながら、ボーカルがちゃんと前に出てくる状態を作る必要がある。
この住み分けが上手くいくと、ミックス全体のクオリティが一気に上がる。
コンプはFabFilter Pro-C 2、「前に出る」設定で
EQ処理が終わったら、次はコンプ。
メインで使っているのはFabFilter Pro-C 2。
とにかく使いやすいし、かけたかかり具合がわかりやすい。視覚的にもグラフィックがクリアで、操作の判断が早くなる。
Pro-C 2にはスタイルプリセットがあって、いくつかのキャラクターから選べる。ボーカルには「Vocal」のスタイルを選択する。
そこから、こんな調整をする。
- アタックをかなり短めに設定
- リリースも短めに設定
- レシオ・スレッショルドは素材次第で調整
これで、ボーカルが前に出るようにかかる。
前回書いた通り、EQ処理で低音域がちゃんと削れていれば、この時点でボーカルは前に主張してくる。EQとコンプ、両方の効きが噛み合うと、空間処理に入る前にもうかなり聴ける状態になる。
「抜けが良い」と「浮いている」は別物
ここで一つ、重要な考え方がある。
「抜けが良い」と「浮いている」は別物だ。
「抜けが良い」を目指して、結果的に「浮いている」状態になることが、ままある。ボーカルを目立たせようとして処理を重ねた結果、バックトラックから分離して浮いてしまう。
これはよくない状態だ。
ボーカルが前に出ている状態は良い。でも、それはバックトラックと共存している前提での話。完全に分離して浮いてしまうと、楽曲としての一体感が失われる。
だから、コンプとEQで「前に出る」処理をした後は、馴染ませる工程が必要になる。ここからが、空間処理の役割だ。
リバーブはFabFilter Pro-R、ルーム+ホールの二段重ね
リバーブもFabFilterを使っている。Pro-R。
かけ方は、二段重ねだ。
- まず、ルームリバーブをうっすらかける
- その後に、ホールリバーブをかける
ルームリバーブで、ボーカルとオケが同じ空間にいる感覚を作る。これで「浮いている」状態が解消されていく。その上にホールリバーブで、楽曲全体に広がりと深さを加える。
オケと鳴らして、この時点でボーカルが馴染めば、リバーブの工程は終了。
馴染まない場合は、ディレイを使ってさらに調整する。ショートディレイで音像をぼかすか、ロングディレイで余韻を作るか、楽曲によって判断する。
ハモリトラックは前に出さず、ステレオで包む
ハモリトラックの処理は、メインボーカルとは方針が違う。
EQやコンプの処理自体は同様にする。でも、前に出るようなコンプのかけかたはしない。アタックを早めにしたり、深くかけたりはせず、控えめに整える。
ハモリは「メインを支える」役割だから、自分が前に出ようとしてはいけない。
もう一つ、最近のお気に入りの処理がある。
ハモリトラックが1トラックしか送られてこない場合、ステレオディレイで左右に広げる。完全に分けるわけじゃなく、うっすら左右に音像を分散させて、メインボーカルを後ろから包み込むような配置にする。
これが好きな処理で、最近はほとんどこの方法を入れている。ハモリ1本でも、ステレオに広げると楽曲の厚みが一気に増す。
「オケの壁の上からボーカルがのぞいていて目があう」
メインボーカルとオケのバランス感を、僕は「壁」のイメージで捉えている。
オケが「壁」で、ボーカルが「人」だとする。理想のバランスは、こうだ。
オケの壁の上から、ボーカルがちょこんとのぞいていて、目があう状態。
これが、僕の基本の目標だ。
逆に、ボーカルが完全に壁の上に立って見える場合、それは「浮いている」状態だ。バックトラックから分離しすぎていて、楽曲としての一体感がない。
「馴染んでるけど抜けている」を目指すなら、壁の上にちょこんと頭がのぞいているくらいがちょうどいい。ボーカルとリスナーの目線が合う高さ、というのがイメージしやすいかもしれない。
例外:キッズソングは「頭ひとつ壁から出る」
すべての楽曲が、同じバランスじゃない。
ジャンルやクライアントからの要望によっては、「頭ひとつ壁から完全に出ている状態」にすることもある。
例えば、キッズソング。
子供向け楽曲の場合、子供が一緒に歌いやすいように、ボーカルが独立して聞こえる方が好ましい。「馴染ませる」より「独立性」を優先する。
このケースでは、リバーブも控えめに、コンプもガッツリかけて、ボーカルが完全に前に立つように仕上げる。「抜け」より「分離」を取る判断だ。
ジャンルごとに最適なバランスは違う。「いつもの自分の正解」を当てはめるんじゃなく、楽曲の用途に応じて調整する判断力が必要だと思う。
耳が疲れてくると、どの処理もやりすぎる
最後に、実戦で学んだ大事な教訓を書いておく。
耳が疲れてくると、どの処理もやりすぎる。
これは本当によく起きる。長時間ミックスを続けていると、判断の基準が徐々にズレていく。「もう少しいけるかも」「もうちょっと足してみよう」と、無意識に処理を盛り続けてしまう。
特にリバーブの処理は、やりすぎになりがちだ。
過去に、「ちょっと強いので抑えて」とクライアントから修正依頼が来たことがあった。自分では「綺麗に馴染んでる」と思っていた状態が、新鮮な耳で聴くと「過剰」だった。
以来、僕はミックス作業後、確認の前には必ず休憩を挟むようにしている。
これは本当に大事。10分でも15分でも、耳を音楽から離す時間を作るだけで、判断の精度が戻る。家事をしたり、軽く散歩したり、コーヒーを淹れたり、何でもいい。音楽から完全に離れることが重要だ。
戻ってきた時に「あ、ここちょっとやりすぎたな」と気づくことが多い。そこで初めて、最終調整に入る。
まとめ
- ミックスの肝は、バックトラックとボーカルの住み分け
- コンプはFabFilter Pro-C 2の「Vocal」スタイル、アタック・リリース短めで前に出す
- 「抜けが良い」と「浮いている」は別物。前に出した後は馴染ませる工程が必要
- リバーブはルーム+ホールの二段重ねで、馴染ませながら広がりを作る
- ハモリは前に出さず、ステレオで広げてメインを包む
- 理想のバランスは「壁の上からボーカルがちょこんとのぞいて目があう」イメージ
- キッズソングなど例外は、ジャンルごとに判断を変える
- 耳が疲れると全部やりすぎる。確認前の休憩は必須
下処理から空間処理まで、地味な工程の積み重ねが「歌ってみた」ミックスのクオリティを決める。「歌ってみた」MIXerを目指す人や、依頼を受けたい人にとって、何かヒントになれば嬉しい。











コメントを残す